ようやく暖かくなってきましたね。
日陰に残った大雪の残骸も消えてなくなりました。
本日は、家族全員(4人)がそれぞれお出掛けの用があってバラバラ。
ということは、・・・・フリーです・・・・ツーでしょう。
山はまだ危険かな?
雪がなくても 砂とか撒かれて残っているしね。
なので、バイクで走る!
というよりも バイクに乗ってフラフラと がよいかな。
まずは準備から。
準備その1 ヘルメットのスピーカー用bluetooth受信機充電
で こんな感じ
準備その2 時計を付けましょう。
準備その3 先日から仕込んであるシート
どうなったでしょうか。楽しみです。
着けてみましょう。
バコ!
おお・・・・いい感じ! (すぐ戻るんじゃネ?)
準備その5 スマホナビ と ETC
はじめての ETC です。
大丈夫でしょうか。 バーは開くのでしょうか?
(タンクバッグに入れただけですけど・・)
ちなみに このETC の案内の声は
あのアニメ「タッチ」の朝倉 南ちゃんがしゃべります。
もしかしてレオタード姿で・・・画像は出ないですけど・・
心の目で・・ (バッカじゃねえの)
そんなことをやっていたらすっかり出発が遅れてしまいましたので 急いでシュッパ~ツ。
別に高速使わなくていいのだけどETCを試してみたいので。
何かあっても迷惑を最小限に抑えるよう、利用者の比較的少ない 吉井IC へGO
ああ~、見えてきました。
(走行中なので画像がキタナイです)
ちょっとドキドキしながら 超徐行
アッ! 開いた。 通行可 の表示も出た。 (よかった)
あとは出口だな。
せっかくの利用なのでこのまま 渋川伊香保IC まで行きましょう。
高速だとまだ寒いな。
着いた・・・・・
閉まってる
あっ 開いたぁ~。
安心して 通過ぁ~。
見づらいけど 軽二 ¥450 と 出ました。
さあ、では渋川でどこに行きましょうか。
伊香保には来ることもありますが、渋川の街にはあまり来ないので 超有名何処へ向かいます。
街中なのでちょっとウロウロ迷って・・・・
やっと、
ありました。
日本のまんなか へそ地蔵 です。 有名でしょ?
こんな感じ
日本のへそ です。 ほら
へ~そぉ? (おやじ!)
ホントに真ん中かどうかは・・・・さだかではありません。
誰もいないので 次 行ってみましょう。
へそから北へ向かって 4kmくらい走って金井宿にはいると見えてきました。
金井本陣児童公園。 別に公園に遊びに来たわけではありません。
あの丸のところにあります。
説明書きがあります。
江戸時代の 石でできた 地下牢ですね。 (読んだだけじゃねえか。)
中には入れないので外から
渋川にも もっとよりたい所もありますが もっと遠くまでフラフラしたいので
このくらいで渋川をあとにしましょう。
東に向かって 赤城山方面へ。
赤城IC の近くから 国道353号と平行して東へ伸びている
「からっ風街道」
直線が長いです。
牛さん だか 豚くんだかの 匂いが・・強烈・・です。
(目にしみる)
ここから 県道4号線(赤城南面道路) に出まして 数百メートル 上って到着。
県道に沿って 赤城大沼用水路が流れています。
勉強のため
で、ここ 用水路の途中に
円筒分水があります。
高崎市江木町にある 長野堰用水の円筒分水から見ると規模は小さいですが 水がきれいです。
ここで もぅ一回 勉強
なるほど! (写真て便利)
ここから 数百メートル県道を下りますと もう一つ
きれいな水の流れは 癒されます。
さて、もう少し下って 国道353号との交差点を左折。 さらに東へ・・・・ 。
ほどよく クネクネして
はい。 見事に咲いてません。 (当たり前だ)
ここは、1956年より3年かけて地域の方々がソメイヨシノを約1400本植えて出来た桜並木です。
咲いていたら バイクで走れませんので 今のうちに来てみました。
まだ、つぼみがちらほら って感じですね。 まあ、咲いても来ないけど・・・混むからネ。
さあ、桜並木も満喫しましたので 少し下って 新里村。 あれ 新里町?
地図をみたら 町 が正解でした。
畑の中を 右へ 左へ
ナビがなかったらこれないかも?
ようやく到着みたい。
バックの赤城山がきれいですね。
風(赤城おろし)が強いです。
ここには 山上の多重塔 が有ります。 たぶんあの中に。
この多重塔は 西暦801年(平安時代初期) 道輪という僧によって建てられた供養塔です。
塔には安楽と平和を願う45の文字が刻まれているそうです。
勉強して疲れたので・・・・
次は体を動かしましょうか。
赤城山に沿って さらに東へ向かい・・・・ちょっと道も渋滞がありましたが
ついたのは 大間々町。
ここの渡良瀬川沿いには 高津戸峡 という渓谷があります。
紅葉の時期には混雑する? 有名観光地です。
まずは 最近できた はねたき橋へ。
以前は高津戸橋しかなかった。 (何年まえよ?)
橋の上から見ると
高いです。
(このあと看板のせいで橋の上から下を見れなくなりました)
目的はこの下の川にあるので 降り口を探します。
階段がありました。
えっ! けっこうあるじゃん。 (帰りが・・・)
帰りのことを考えて ゆっくり降ります。
あと30メートルです。
矢印に従って進むそうです。
矢印どこ・・・・
あった。
川に落ちないように登ってみると
なんかあった。
写真だと大きさがわからないので
影を入れてみる
どれくらいの年月かかって出来たのでしょうか。
はい 甌穴でした。
あくまでも穴がメインですけど 石のが目立ってんな。
他にも ゴリラ岩 や スケルトン岩 てのもありますけど 疲れたからおしまい。
上に戻りますか。
高いなぁ・・・・。
ひぃひぃ言いながら ようやく橋まで戻ることが出来ました。
行きでは気づきませんでしたが 橋のたもとにはこんな看板があり
ここって・・・・そういう場所だったのね。 もう一回 ひぃ~ でした。 (もう下は見れない)
さて、汗もかいたので またまた東へ
桐生市内に入りました。
今日はなんだか古いもの観光になってきたので古いついで。
桐生市は昔から織物の町で有名。
古い工場とかも在るみたいですが 時間がないので
歴史のあるお店で
本町四丁目にある 小松屋さん
創業 明治29年 120年の歴史を誇る和菓子屋さんです。
ここで この地域で知らない人はいないというお菓子
「花ぱん」を買ってみましょう。 (こんな恰好で売ってくれるかな?)
花ぱん 下さい。
(買えた)
甘くて懐かしい味がしました。
遊び過ぎて時間が無くなってきちゃいますので 次に向かいます。
さらに東へ 。
ちょっと県外にはみ出しますが、足利へ
足利には うん十年前に3年間暮らしてたので、自分的には県内です。
で その暮らしていたところに行って 懐かしみましょうか。
(観光ツーじゃなかったっけ?)
県道67号線から左折して北へ
松田川ダム方面に向かい 途中にあります。
あぁ、懐かしい町です。
ちょっと歩いて坂を上って 覗いてみます。
あれ、 入れない。
もうやってないんですね。古いからね。あの時すでに古かったし。
若いころ ここで暮らしていました。
そのころの写真がこれ ↓
郵便ポストとかも 外されてますね。
近づけませんが 残っていただけでよかったです。
これから 峠を越えて足利市内方面に
ビュ~ン と走って 峠で トロトロ。
藤坂峠です。
相変わらず 峠道が下手ですねェ。 練習しないとなぁ。
足利市内に入る手前で県道208号を左折し佐野市方面に向かう峠道。
頂上が 須花トンネル
このトンネルは、現在使用しているのが昭和に出来たトンネル。
足利から向かって 左に 大正時代に出来たトンネル
で、右には 明治時代に掘られたトンネルと
三時代の三つのトンネルが見ることが出来ます。
明治のトンネルは昭和トンネルを通って向こう側に行かないと見れないので
まずは 手前の大正のトンネルへ
中には入れないので外からの写真。 内壁は煉瓦積みになってますね。
次は昭和トンネルを抜けて 明治トンネルへ
ここから歩きます。
ちょっと怖い。
トンネルが見えてきました。
手掘りです。
やたらに写真を撮って 写ってはならない物が写ったりするといけないので1枚で 撤収。
一人で来るところではなかったようです。 誰もいないし。
さあ はみ出しちゃったので群馬県に戻りましょう。
向かった先は 渡良瀬遊水地 谷中湖方面。
谷中湖は周囲を4県(群馬県 栃木県 埼玉県 茨城県)が囲っておりますので
一周すると 4県を跨げます。
でも今日は一周してる時間ないので、渡良瀬川に合流する 群馬県側の谷田川へ。
場所としては 板倉町になります。
谷田川の土手に到着
川を見下ろすと
危なそうな橋があります。
では またお勉強
はい、そうです。 沈下橋です。
沈下橋というと
四国の四万十川とかに架かっているようなカッコいいのを
イメージしますが
これだって沈下橋です。 群馬にだってあるのです。 (渡れないけど)
こちらが 通り前橋
その向こうに見えているのが 北坪東橋かな
渡れないけどちょっと降りてみましょう。
橋桁はレールのようです。 (なんKgレールだよ)
床は 枕木かな。
渡ってみたいけど・・・・
落ちても誰助けてくれそうもないのでヤメ。 (通行止めってかいてあるだろ)
ああぁ。 もう4時になっちゃうよ。
まだまだ 行きたいところが・・・・
今日はこれまでかな。
帰り道につきます。
スマホナビは快調ですが 受信機の充電池が終了。 音声なし。
国道354号でかえろっか。
ちょっと渋滞もあってクラッチが疲れましたが何とか明るいうちに 藤岡市へ。
まだ 明るいので最後に地元で一ヵ所
境内に入って階段を登ると
ここに狛犬がおります。
でも、虎 らしいです。
この虎の狛犬は 第26代内閣総理大臣も務めた田中義一・文 夫妻が奉納したものだそうです。
義一は愛妻家で 文の生誕地に奉納したらしいです。
大正9年のものらしいけど・・・・ビジュアル的にはどうなん?
愛嬌はあるけどね。
すっかり日が暮れて暗くなってきました。
まだまだあったのですが今日はこれまでにしましょう。
また観光ツーがしたくなったら廻りましょう。
(今回は古いものばっかりだったかな)
次回は山道ツーかな?
それまでに練習しとかなくっちゃ。
おしまい。